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Bible & Gospel

No.508 2009年12月20日 「勇気を与えるクリスマス」

おはようございます。高原剛一郎です!

 現在、一万円札の肖像モデルは、福沢諭吉ですね。しかし、それ以前は長ーい間、聖徳太子でした。彼は大陸から渡ってきた渡来人を沢山採用したことで有名です。外国人の持っている優れた技術を使って、沢山の神社仏閣を建てたんですね。

聖徳太子の様々な伝説

 さて、聖徳太子の死後、彼には様々な伝説が作られました。聖徳太子の幼名は馬宿の王子と言います。何故でしょう。馬小屋で産まれたと言われているからです。さらに彼は大工仕事に通じる人として信じられ、現在でも太子講という記念日には聖徳太子の像が拝まれるんですが、手にしているのは建築業のシンボルである曲尺なんですね。

キリストのエピソードよって聖徳太子の偉大さを強調

 聖書を知っている人がこの話を聞くとすぐに閃くのが、イエス・キリストのことです。イエス・キリストは馬小屋で産まれ、大工の息子として成長した救い主であったからです。大陸から来た人々は、すでにキリストの誕生物語をよーく知っていました。崇高なる神が馬小屋で産まれ、大工の子として育ち、人類を救うために来られたというこのメッセージを偉大な物語として、認識していました。ですから、このエピソードを転用することで、聖徳太子の偉大さを強調しようとしたのではないでしょうか。

イエス・キリストの誕生記事

 さて今日は、クリスマスにちなんで、イエス・キリストの誕生記事を考えたいと思います。  今から約2000年前ユダヤの田舎にヨセフとマリヤという婚約時代のカップルがいました。ところが二人がまだ一緒にならないうちに、マリヤが妊娠してしまうのです。知らせを聞いたヨセフにとっては、まさに青天の霹靂です。密かに婚約解消の案を練っていたその時、主の使いが彼に現れてこう言うんですね。「ダビデの子ヨセフ、恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その体に宿っているものは聖霊によるのです。マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救って下さる方です。」  ここで、戸惑いうろたえるヨセフに対して、神の使いが恐れることはない。というんですね。何故、恐れなくて良いんでしょう。三つのポイントでご紹介したいと思います。

神のご計画の中にあったヨセフ

 第一に、ヨセフは神のご計画の中にあったからです。実はヨセフの父親の名前はヤコブって言うんですね。ところがここではダビデの子ヨセフと呼びかけられているんです。ではダビデって誰なんでしょう。ユダヤの黄金時代を築いた王様なんですね。神さまはこのダビデに特別な約束を与えていました。それは、ダビデの子孫の中に、救い主を産まれさせるっていう約束なんです。救い主は家系としてはダビデ王家の末裔の中から出てくるって言う約束です。そして、このヨセフというしがない大工はまさにダビデの家系に属する人物だったのです。ヨセフにとっては許嫁が妊娠したことは、想定外の大問題でした。しかし、自分にとってのこの大きすぎる事件も、神の大きなご計画の内にあることなのだと、宣言されたんです。

負えない問題も神の目にはすべて了解済み

 私たちも人生の中でとても理解出来ないことに遭遇することがあります。その時、私の弱さも、限界も知った上で、恐れなくても良い。あなたもあなたを脅かしてるその出来事ですら、神は良きことのためにお用いになることが出来る方なのだ。あなたにとって手に負えない問題も神の目にはすべて了解済みで、解決があるのだ。と宣言しておられるんですね。

キリスト到来の目的は罪からの救い主となること

 第二に、キリスト到来の目的は、罪からの救い主となることなので、恐れなくても良いっておっしゃったんですね。何故神さまは罪からの救い主を送って下さったのでしょう。人間が何よりも必要としていることは、罪の赦し、罪からの救い、であるからです。

バイク事故で友人が即死

 私が高校生の時のことです。一人の友人が内緒でバイクに乗って学校まで来たのです。そして何人かと暴走し、ハンドル操作を誤って、電柱に激突し、ほぼ即死で亡くなりました。私は彼にバイクを手ほどきした友人とお葬式に行きました。お母さんが号泣しながら、その友人に言ったんです。「もうバイクなんかやめとき」彼は「はい」と返事したのです。

お母さんの無言が私の胸に突き刺さった

 ところがそれから一ヶ月も経たない間にまたしても友人はバイクを乗り回すようになったのです。ある日のこと、文化祭で必要な買い出しのために、彼はバイクにまたがりました。そして私にも後ろに乗るように言ったんです。私は少し迷いましたが二人乗りで買い物に行って、そして帰る途中のことです。エンジンが止まってしまったんですね。よく見ますとガソリンが切れてたんです。仕方がないので、中型のバイクを押しながら、一本道を歩いているとあのバイク事故でなくなった友のお母さんが前から歩いて来るんです。寂しそうな顔で私たちのことをじーっと見つめています。重いバイクを残して今更走り去ることも出来ないで、気まずい雰囲気のまま、すれ違いました。お母さんは一言も口を開きませんでしたが、かえってそれが私の胸に突き刺さったのです。

必要だったのは励ましではなく罪の赦し

 その日から心に責められて責めされて仕方がないんですね。ふさぎ込んでいる私を励ますために、沢山の友達がやってきて声を掛けてくれます。うまいもんでも食べに行こうとか、映画でも見に行こうとか、コンサートに行こうとか、スタジオ演奏しようとか、私の好むようなことをいろいろ提案して誘ってくれるんです。そして私はそれらにつきあわされながら行ったんですが、一行に心が晴れませんでした。私が必要としていたのは、励ましではなく、慰めでもなく、罪の赦しだったからです。私たちも逃れようのない一本道のような場所で、聖い、聖い、聖い、神さまの前に立つ日がやがてやってきます。その時、私たちが胸を張って堂々と立っていられるかどうかは、罪の赦しを得ているかどうかで決まるのです。キリストはあなたに罪の赦しを与えるために生まれてきて下さった方なんです。

この方はご自分の民をその罪から救って下さる方

 第三に、この方はご自分の民をその罪から救って下さる方です。と書いてあったんですね。ご自分の民を罪の結果である死から救うために来た方なので、恐れることはないのだっておっしゃるんですね。ところで、ご自分の民って一体何のことなんでしょう。直接的にはユダヤ民族のことなんです。そしてこのユダヤ人は人類の代表として、聖書の中に上げられているんですね。彼らは神の選民、選びの民と呼ばれていました。神の選びの民族を、ご自分の民と呼べるのは何故ですか。それは、イエスがただの人ではなく、人となった神だ。という主張なのです。

祝福の人生計画と罪の赦しをもたらす神、イエス・キリスト

 ただの人間ではない。あなたを救うために人となって、天の栄光を捨てて産まれてきてくださった方、あなたのためにこの地上に到来した救い主、それがイエス・キリストっていう方なんです。どうぞあなたに祝福の人生計画と罪の赦しをもたらす人となった神、イエス・キリストを信じ受け入れて下さい。心からお勧めしたいと思います。



国分友里恵:さやかに星はきらめき
新約聖書 マタイの福音書1:20-21
 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現われて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」