新約聖書
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。信じる者は永遠のいのちを持ちます。…わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。」
(ヨハネの福音書6:47,54)

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「聖書と福音」高原剛一郎

No.582 2011年5月22日

「キリストを食べて飲むとは」

おはようございます。高原剛一郎です!

 先日私は食が体を変えるという記事を読みました。神奈川県知事の黒岩祐治さんと東大の漢方研究者天野暁というドクターの対談です。実は六年ほど前、黒岩知事のお父さんが末期の肝臓ガンで大変苦しんでおられたのです。このガン治療のため初めは最先端の治療法である肝動脈塞栓療法がとられました。カテーテルを通して体に優しいタイプの抗がん剤を注入するんです。一回目は大変よく効いたそうです。しかし三か月後にガンが6cmになったので二度目の治療を受けたのですがその時には大変な副作用が出ました。お父さんは七転八倒の苦しみが続き何も食べられないまま一気に容体が悪化していったのです。

蒸した長芋と冬虫夏草

 そんな時、漢方の専門家である天野さんに相談したところわざわざ入院先の病室まで訪ねてきてくださったそうです。天野さんはガンは治らないですけど少しでも食べられるようにと言ってアドバイスをしてくださいました。それは簡単なことだったんです。

カット
 蒸した長芋をご飯代わりに朝昼晩と食べること、そして冬虫夏草という煎じたお茶を飲むことです。これは肝臓の薬ではありません。胃の調子を良くする食材なんですね。しかし食べることができて元気になったら他の臓器も良くなるというのが漢方の考え方です。

ガンは風船のように

 お父さんは実行しました。そして次第に食欲がわいて来たのです。寝たきり状態でおられたのに立つことができるようになり、またステーキやビールまで食べたり飲んだりすることができるようになりました。体型も普通に戻りすっかり普通の生活に戻ったのです。気分が良くなったお父さんは自信満々で病院へ行ってそして検査してもらったのです。すると6cmだったガンが12cmにまで増殖し、正常値40以下の腫瘍マーカーが5,200に跳ね上がっていたのです。データ優先主義のドクターが「いやあ全く治ってませんね。ガンは風船のように膨らんでいます。爆発したらおしまいです。気を付けてください」と言われてしまうのです。

ガンが完治

 それを聞いたお父さんはがっかりしてそれから夜寝付けなくなってしまうのです。しかし確かにものが食べれて生活ができるようになった、もう少し漢方を続けてみようと考え天野さんの処方を受けながらそれに従いました。すると半年後にはガンは3cmになり腫瘍マーカーは20と正常値になり、主治医もガンは完治ですと宣言したのでした。

必要なものを体に取り入れる

 この方の場合一体何によって完治したんでしょう。食べることによってです。体の免疫力をあげるような食材を体の中に取り入れることによって癒されていったっていうんですね。体を励ます食材を取り入れることによって体の体質が変わっていったのでした。食べないと人は生きていけませんが本当に体を改善するものを摂取する必要がありますね。まさに食は体を変えるのです。私はこの対談記事を読んだときイエス・キリストの言葉を思い出したのです。あるときキリストはこのように語られました。

「まことに、まことに、あなたがたに告げます。信じる者は永遠のいのちを持ちます。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。」

キリストを信じるとは

  ここでイエス・キリストはキリストを信じるとは何なのかということを分かりやすく説明するために飲食をたとえに用いられました。キリストを信じるとはキリストご自身を飲み食いすることだと言うのです。キリストの肉を食べキリストの血を飲むことだって言うんですね。非常に生々しい表現であります。しかしここに命は何によって生きるのかという本質が解き明かされているのです。ここでキリストは私たちの食べ物飲み物になるとおっしゃってるんですね。

命を食べて自分の命をつないでいる

 ところで私たちは牛や羊をそのまま頭からかぶりつく人はいません。そんなことはできないことです。私たちは調理してこの命ある者たちを食べているんですよね。そして調理される前にこれらの生き物はまず屠殺され、皮を剥がれ、肉をばらされ、原形をとどめない形にまで打たれてそして私たちの前に食物として並ぶのです。私たちはいわば他の命を食べて自分の命をつないでいるのです。何かを食べるとはそのものの命を食べていることに他ならないのです。この命を食べることによって私たちの空腹は満たされ私たちの渇きは癒されていくのです。

イエス・キリストの十字架処刑

 それと同じようにキリストはまず捉えられ、裸にされ、鞭打たれ、自由を奪われ、そして十字架の上に磔にされ、槍と釘で肉が裂かれ、血を流してくださいました。あのイエス・キリストの十字架処刑は私たちの命の空腹を完全に満たし永遠の命を与えるための神による食事なのだというのです。一体キリストは私たちの心の何をどのように満たしてくれるというのでしょうか。

私たちを満たしてくださるキリスト

第一に罪に悩む心を平安で満たしてくれるんです。過去と他人は変えることができないとはよく言われていることですね。どんなに努力しても悔やんでも、してしまったこと言ってしまったことをなかったことにする力は私たちにないのです。してしまった罪は赦していただくよりほかに方法がないんですね。神様が示してくださっている赦しとは一体どんな赦しでしょう。それはあなたに代わってキリストに償いをさせるという方法による赦しなのです。キリストはあなたの代わりに十字架の上で罪の刑罰を受けてくださったのだというのです。

復活を通して与えられる確信

 第二に死におののく心を希望で満たしてくれます。なぜならキリストは十字架の上で死んだ後、三日目に復活し、死を事実として克服してくださったからです。キリストを信じて死んだ人の体はいったん土に葬られ、そこに同化していくことでしょう。しかし霊と魂は天国に行きます。そしてキリストが再び来られる時には肉体も永遠に朽ちてゆかないものによみがえらせていただくことが出来るのです。これは口約束ではありません。キリストはその前ぶれとして肉体を持って復活されたのです。そして疑り深い弟子たちが納得するまで彼らの前に姿を現し、体をさわらせ、励ましと確信を与えて行かれたのです。

命をかけて愛してくださるキリスト

  第三に気力のなえた心を神の愛で満たしてくださるのです。あなたのために躊躇なく命を捨ててくれる方が今いらっしゃいますか。そんな人を一人でも持っている人は自分を粗末にしないでしょう。そしてその一人のために誠実に生きようと頑張るんじゃないでしょうか。しかしそんな人がいないからみんな苦しいのです。しかしいらっしゃるのです。キリストがそうなんです。
 どうぞあなたもこのイエス・キリストを聞くだけではなく食べていただきたいのです。ゴクンと飲み込むのです。受け入れるとはそういうことなんですね。この方を心から飲み込んでくださいますように。心からお勧めしたいと思います。

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