新約聖書
「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」
(ローマ人への手紙6:23)

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「聖書と福音」高原剛一郎

No.584 2011年6月5日

「本物の愛、本物の友」

おはようございます。高原剛一郎です!

 先日この番組を聞いてくださっている声優の方からメールをいただきました。彼がナレーターを務めた、とあるテレビ番組をぜひ見てくださいとおっしゃるのです。その番組の名前は「考えられない禁断ワールド2〜日本人の常識崩壊スペシャル〜」でした。そしてその内容は「一般のアメリカ人の中に進化論を信じていない人がたくさんいるという事実を何とけったいな、何と滑稽なことなのか」という視点で紹介する番組であったのです。

案内役はコラムニストの町山智浩さん

 案内役を務めたのはコラムニストの町山智浩さんという方です。彼は全米の教会やクリスチャンのテレビ局を、きわもののような言い回しで紹介されていましたが、何と言っても決定的瞬間は創造科学博物館に入場した時のシーンでした。ロビーにはたくさんの恐竜の模型や化石やフィギュアが置いてあったのですが、ある陳列物を見て彼は同行のテレビ局の人に「ほら、これおかしいでしょ。」と言って示すのです。それは恐竜の隣に人間が生活している様子を復元したものだったのです。

裏付けは最新のデータ

 町山さんは「こんなことありえないですよ。人間は恐竜絶滅から何億年もあとに登場するのに。」そして「神がすべてのものを六日間で造ったと信じているのは一般のアメリカ人だけではなく科学者の中にもたくさんいるんですよ。」とおっしゃるんですね。そのたびに仰天を誘い込むようなリアクションが続くんです。しかし本当にこれが滑稽なことだと考えるのは彼自身が進化しか学んで来なかったことによるのかもしれないなあと私は思ったのです。と言うのは最新のデータによると、このことを裏付けるようなことがいっぱい出てくるんですね。

カット

意外な歴史の真実を語る聖書

 実は恐竜の足跡と人間の足跡が同じ地層から発見されているんです。中には恐竜の足跡の真ん中に人間の足型がそのまま残って地盤が化石化しているものもあるんです。さらに北京原人が発掘されたと言われる地層より深い所にある地層から現代人の集落遺跡や化石が続々と発見されているんですね。下にある地層の方が上にある地層よりも古いわけです。ということは、これは原人よりも現代人の方が先に登場したことの証拠なのか、あるいは原人と言われて紹介されているものが実は今でも生息している単なるサルにすぎないかのどちらかなのです。

レビヤタンという名の巨大な爬虫類

 そして何よりも興味深いのは世界最古の書物と言ってもよいこの聖書の中に人間と恐竜が同居していた記述が登場するということなのです。旧約聖書の中で最も古いのは創世記とヨブ記です。このヨブ記の中にベヘーモス及びレビヤタンという名で巨大な爬虫類が紹介されているのです。このことがなぜ重要かと言いますと、現代人は1878年になるまでそんな巨大な爬虫類がいるということを信じていなかったからです。もちろんそれまでも巨大な葉や爪や角が化石として発掘されてきました。しかしそれはクジラの骨だのゾウの骨だのと言って巨大生物なんかじゃないと思われていたんですね。

ベルニサール炭鉱の洞穴

 ところが1878年ベルギー、エノー州のベルニサール炭鉱の洞穴の中から30体以上の恐竜の全身骨格化石が発見され、初めて恐竜というものがおると認めることができるようになったのです。人々がそのように認めるはるか昔、聖書には恐竜について正確な記述があったんですね。聖書がいかに正確に歴史を記録し続けてきたかを物語るものです。

万物の創造主を紹介する聖書

   しかし一視聴者としてテレビで見ている私は何一つ反論できません。悔しいなあと思って見ていたんですね。すると意外な展開になっていたのです。司会のロンドンブーツの淳という人が言いました。「いやあ僕には神が全部を造ったというのはまだ無理だけどこんな見方があったんだなあ」。他のテレビタレントも皆異口同音に「自分が信じてきた進化というものの見方は小っちゃい狭い見方だったなあ。世界は広い、自分の考え方だけが全てじゃない」というふうに言い出したんですね。ほっといたしました。

この世界を造られた創造主

 この世界はひとりでに進化し偶然に生まれ長い時間の積み重ねで私が生まれたのではありません。この世界はきちんとした合理的な設計思想のもとで素晴らしく緻密に造られたのです。この造られた世界に造られた私たちが生かされているのです。一体誰が造ってくださったんでしょう。創造主です。神です。この自分の造り主を否定して生きることを聖書は罪というんですね。聖書にこういう言葉があります。

「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」と。

 神という命と祝福の源に背中を向けた結果、人間はどう転んでも最後は死ぬという運命に支配されてしまったんです。人間はいわば生きているのではなく、死につつある、死に始めている、そういう生態を持っているものなのです。どんなアンチエイジングも死を打ち消すことはできません。この罪の結果人間は一度死ぬことに加え、死後に裁きを受けることが定まっているのです。しかしこの人間を死と死の結果から救うために神はイエス・キリストをこの世に遣わしてくださったのです。

本物の友人に励まされる

 私は先日、大変勇気付けられる記事を読みました。それはアメリカを代表する日本文学の研究者コロンビア大学の名誉教授ドナルド・キーンさんが日本に帰化するためにやって来られたことです。あの福島原発事故の後日本にいる外国人は一斉に母国に帰って行かれましたね。野球選手も契約を切って母国に帰り、外資系のビジネスマンも引き上げ、また海外からの観光客はほとんどなくなってしまいました。関西空港ではこのゴールデンウィークの旅客者数は史上二番目に低かったそうです。

日本を愛したドナルド・キーンさん

 その理由は放射線の汚染に対する恐れなんですね。誰もが見えない、臭わない、触れない、死の破壊光線におびえて日本を後にするなか、ドナルド・キーンさんは日本に永住するためにアメリカの国籍を捨ててそして88歳で母国を後にしてやって来られたのです。これは決して簡単な決断ではなかったと思うのです。しかし彼がそんなようにしたのは「私は日本という女性と結婚したのです」の一言に現れているように思います。失意と悲しみに暮れる日本に降り立ち、日本人になることによって勇気を与えたいと考えられたのです。私は正直嬉しかったですね。ここに本物の友人を見出した思いがしたからです。そして同時にイエス・キリストのことを思い出したのです。

永遠の友となってくださるキリスト

 キリストは神であられるのに神の在り方を捨てることができないとは考えないでこの神に反逆する世界にまで降りて来られたのです。そして人間として生まれ、共にこの星で悲しみ嘆きを引き受け、そして人生の苦しみの根本原因である罪を取り除くために十字架にまでかかってくださったのです。まったく死ぬ必要のない方が私たちの身代わりに死んでくださったのです。さらには三日目に死からよみがえってくださったのです。なぜそこまでされたのでしょう。罪人を愛しておられるからです。神はあなたを愛しておられるのです。
どうぞあなたに永遠の命を与えるために来られたこの救い主イエス・キリストを信じてください。心からお勧めしたいと思います。

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