新約聖書
「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリストイエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」
(ローマ3:23-24)

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「聖書と福音」高原剛一郎

No.791 2015年5月24日

「良心を殺さずに自分を生かす道」

おはようございます、高原剛一郎です!

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 イギリスの歴史の中で名君の誉れが高い、エリザベス1世という女王は、晩年、議会との対立に苦しみました。彼女はそれまでのみずからの過ちを認め、宮殿に集まった下院議員たちに次のように語りかけたんです。「神が私を高い地位につけられたけれども、あなた方の愛情を得て統治してきたということこそ、わたしの王冠の栄光である、と考えています。」これは後に、黄金の演説と言われる、伝説のスピーチなんですね。この語りかけによって、女王は、議員はもとより一般国民との和解を見事に果たすのです。人々の心が動いたのは、女王がみずから非を認め、なおかつ支えてきてくれた人々に感謝したからです。私たちは女王や国王ではありませんけれども、それでも、多くの人々の友情や協力があったので、今までやってこれたのではないかな、と思うんですね。そしてその背後に、私たちに多くのよきものを与えて生かして下さった神がおられるのです。この神のことば、聖書の中に、次のように書いてあります。

「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリストイエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」

神の恵みを受け取る秘訣

 ここには、神が準備しておられる恵みを受け取るために必要な、二つのことが書いてあります。
 第一に、自分自身を神からの祝福を受けそこねている罪人である、と認めるということなんですね。
 ある国立大学の精神科の教授のレポートに、次のような症例が紹介されています。ある女性の地方議員の話です。彼女は議員として猛烈に忙しい毎日を送っていました。しかし幸いにも、義理のお母さんが一緒に住んでくれていまして、家事は一切ひきうけてやってくださったんですね。いやあ、実に感謝なことだと彼女は喜んでおりました。ところがある日のこと、そのお義母さんから、「あなたも忙しいんでしょうけど、家のことももう少しは……」と言われるんです。この「もう少しは……」、ときたら次に続く言葉は、まず批判的な内容に決まっています。お義母さんはその先の言葉を飲み込んで言いませんでしたが、彼女にとっては、とても衝撃的なことであったんですね。そして、今まであんなにお義母さんのことを喜んでいたのに、心の中で疑念が起こり、お義母さんは私のことを実は嫌ってたんだ、私のことが嫌なんだ、いや、憎んでいたんだ、と否定的な考えがどんどんどんどん発展していったんです。
 そしてそれがさらにエスカレートして、お義母さんがいなくなればいい、お義母さんが死んでくれたらいいのに、というところまで行ってしまったときに、なんと、お義母さんが本当に死んでしまいます。別に彼女が手を下したのではありません。心筋梗塞でなくなられたのです。彼女が心の中で妄想していたことと、お義母さんの死には物理的な因果関係は何もありません。ですからこのことで警察が動くことはもちろんありません。しかし、このお義母さんの死を境に、彼女は、私が殺したという気持ちに追い込まれて、精神的におかしくなっていくんです。良くしてくれた人に対して、恩を仇で返すような苦々しい思いを持っていたことについて、彼女はどうしてもそんな自分を赦すことができませんでした。そしてそれから一年たったお義母さんの命日に、なんと、彼女も心筋梗塞で倒れるのです。彼女は死ぬことはありませんでした。しかし精神的には死ぬような苦しみを味わっていたのです。

罪責感をどう捉えるか

 私はこの症例を読むと、人間はなんて霊的にできてるんだろう、精神と肉体はなんと密接に結びついてるんだろう、と驚くばかりです。そして罪責感がいかに人間を破壊していくのか、ということについて慄然とするのです。そこで今日のカウンセリングではしばしば、この罪責感そのものを間違ったもの、不要なもの、人生において邪魔なものとして扱うようになりました。確かに心の中の咎めは、人間の生命力までをも蝕んでいきます。しかし、もし人間に罪を責める感情、良心の呵責が全くなくなってしまったら、人間は本当に健康に、あるいは幸せになるでしょうか。今の世界の堕落が、この程度で収まっているのは、人間の良心がまだ機能しているからではないでしょうか。もし罪を犯しても心になんの痛みも生じることがないなら、世の中はもっとひどいことが横行するのではないでしょうか。そして、それによって人はもっともっと不健康で不幸せな人生になっていくのではありませんか。ここに人間の悩みがあります。良心がはたらくと自分の内側に平安がなくなり、良心を麻痺させると自分の外側の社会に平和がなくなるのです、良心の働きを肯定しながら、しかも、自分の内側に平安を得るためには、一体、どうしたらいいんでしょう。まず、自分は神の前に罪人であるということを認めることです。そうすることで、自分を偽るところから逃れることができるからです。

神が送られた救い主

 第二に、神の恵みによって、キリスト・イエスによる贖いを受け取ることなのです。
 ところで、神とは一体どんなかたなのでしょう。あなたの造り主です。あなたの体を造り、あなたの魂を造り、そしてあなたに良心を植え付けた方。罪や不正を憎むあなたの良心の源は、罪を憎まれる正義の神ご自身なのです。そして神様の正義は、人間の不完全な良心とは比べものにならないほど完全なものなのです。この、罪を何よりも憎まれる神が、あなたのために裁き主ではなく、救い主を送ってくださいました。その救い主こそは、イエス・キリストなのです。

本物の力を与えてくださるキリスト

 キリストは、ことばでカウンセリングするためにこの世にこられたのではありません。十字架にかかって血を流すために、天からこの地上に下ってこられたのです。なぜなら、罪のないキリストのいのちを表す血こそは、すべての罪を洗い清めるものであるからです。あなたの罪をすべて帳消しにするために、ご自分のいのちを以って償って下さった方。そして死後三日目に復活なさった方。そしてキリストを受け入れるすべての人に、罪に打ち勝つ力を与えて下さる方。このイエス・キリストを、自分の救い主として受け入れることで、私たちは罪ゆるされたものとされるのです、キリストは、罪人のためにこの世にこられました。キリストの血は、みずからを正当化する人の言い訳を清める力はありません。しかし、みずからの罪を認める人の罪を、完全に清めることがおできになるのです。
 どうぞあなたも、人となられた神、イエス・キリストをご自分の救い主として信じ、受け入れて下さい。心からお勧めしたいと思います。

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